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東京高等裁判所 昭和30年(ネ)872号 判決

日本橋信用金庫

事実

事実関係

控訴人株式会社丸善商店(一審原告、敗訴)は、仮りに本件質権設定契約は被控訴人林レベル印刷株式会社(以下被控訴会社という)の使用人田中が権限なくして控訴人と締結したものであるとしても、被控訴会社はなお右田中の行為につき責に任ずべきものである。すなわち被控訴会社においては右田中が経理を含む内部的事務全般に亘つて支配人的、番頭的立場でこれを処理していたものであり、控訴人は本件以前にも数十回にわたつて被控訴会社と手形取引や金員貸借をして来たのに、これについて契約締結にあたつたのは常に右田中であり、代表取締役自らがこれにあたつたことはないのである。控訴人は本件質権設定契約に際しては右田中に当然被控訴会社を代理する権限あるものと信じたのであり、その契約書等に押捺した被控訴会社代表者の印は被控訴会社振出の本件手形に押されたものと同一で、田中がこれを持参して契約にあたつたものであつて、これらの事情から控訴人において田中に代理権ありと信じたのは相当の理由があると述べた。

被控訴人林レベル印刷株式会社は、控訴人主張の質権設定契約は被控訴会社の使用人である訴外田中が無権限でなした行為であるから被控訴会社においてその責に任ずべき筋合ではない、仮りに然らずとしても、右田中は控訴会社の使用人西沢の強迫により右契約を締結するに至つたものであるから、右契約につき被控訴会社において何らかの理由によりその責を負うべきものとすれば、被控訴会社は本訴において強迫を理由として右契約締結の申込の意思表示の取消をなすと述べ、

被控訴人日本橋信用金庫は、控訴人主張の定期預金債権は設定契約により被控訴金庫の承諾なくして譲渡質入し得ない旨定められているのであるから、仮りに控訴人主張の如き質権設定契約がなされたとしても、これをもつて被控訴金庫に対抗することはできないと述べた。

理由

判決要旨

控訴人が被控訴会社に対し額面金三十万円の約束手形金債権を有すること、被控訴会社が被控訴人日本橋信用金庫(以下被控訴金庫という)に対し金額七十五万円の定期預金債権を有することは当事者間に争がない。

控訴人は被控訴会社との間で被控訴会社の使用人田中を介し右手形債権担保のため右定期預金債権につき質権を設定する旨契約したと主張するが、当時右田中が被控訴会社を代理して右質権設定契約を締結する権限を有したことはこれを認めるべき証拠はなく、却つて証拠によれば右田中にはこの権限なく同人は被控訴会社代表者に諮ることなく独断でこれを処理したものであることが認められるから、右田中のなした質権設定契約は無権代理人のした契約であり、当然には被控訴会社に効力を及ぼすものではない。しかし証拠並びに本件口頭弁論の全趣旨を併せ考えれば、被控訴会社には当時取締役社長の下に事務員として右田中のほか女事務員一名、外交が四名、工場の方に雑用が三名あるというのみであり、会社の事務関係は一切田中が担当し、金借、手形振出等は同人において会社代表者の命を受けてこれに当るほか、忙しい時は自らこれを処理することをまかされており、本件で被控訴会社の認めている前記約束手形の振出も右田中が代表者に代つて自ら振出したものであつたが、前記質権設定契約の当時も右田中は被控訴会社のゴム判や代表者名義の印章を持参して控訴人の用意した契約書及び質権設定通知及び預金証書を爾後控訴人のため占有すべき旨の指図書に記名押印したものであり、控訴人の側でこの契約にあたつた同社取締役、社員らは右田中は当然これについて会社のために処理する権限を与えられたものと信じて契約したものであることを認めるに十分であり、右の事情に鑑れば同人らがかく信ずるについては正当な事由あるものというべきであつて、右質権設定契約は被控訴人に対してその効力を有するものといわなければならない。

次に被控訴会社は右質権設定は控訴人の使用人西沢の強迫によりなされたものであるからこれを取り消すと主張するけれども、右強迫の事実はこれを認めるべき証拠がない。もつとも証人田中の証言に前認定の事実を併せれば、右質権設定は被控訴会社において債務の支払が困難となり、整理案の発表があつた後になされたものであること明らかであるが、被控訴会社としては支払困難ではあつたが控訴人に対する本件手形債務は被控訴会社が控訴人振出の同額の手形によつて割引を受けた見返りとして振出したものであり、事にあたつた田中としては従来便宜を受けた控訴人に対してはむしろその立場に同情して本件のような解決を計つたことがうかがわれるから、被控訴会社の整理案発表後であるからといつて控訴人がとくにその窮境に乗じたものというべき理由はない。

被控訴金庫は、本件定期預金債権はその設定契約により被控訴金庫の承諾なくして譲渡質入し得ない旨定められているから、控訴人は本件質権の取得をもつて被控訴金庫に対抗し得ないと主張し、証拠によれば右特約があり且つこれは債権証書に記載されていることを認めることができるが、本件質権設定契約当時、控訴人においてこれを知つていたことを認めるべきなんらの証拠はなく、当時本件定期預金証書は被控訴金庫に保管されていて控訴人の側ではこの証書を見ないし、右のような特約のあることは知らなかつたことが認められるから、右特約は善意の第三者たる控訴人に対抗し得ず、被控訴金庫の右抗弁は理由がない。

しからば控訴人が被控訴会社の被控訴金庫に対して有する本件定期預金債権につき控訴人主張の手形金債権を担保するため質権を有することは明らかであり、質権者たる控訴人において右預金債権証書の引渡を求める以上、被控訴金庫はこれを控訴人に引き渡すべき義務あること明らかである。

してみると、控訴人の本訴請求を理由がないとして棄却した原判決は失当であるとしてこれを取り消し、控訴人の本訴請求は全部正当であるとしてこれを認容した。

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